泉龍寺について

泉龍寺の歴史

道場山泉龍寺は、禅宗のうち曹洞宗に属する寺院です。
曹洞宗は座禅、内観の法を修めて、人間の心性の根源に至ろうとする宗派で、遠くは大恩教主釈迦牟尼仏(釈尊)から、28代の円覚達磨大師を経て、我が国へは道元禅師によって伝えられました。
道場山泉龍寺は、寺伝によると天正の終りごろ、之源凛乎和尚を勧請開山として、道場山泉龍寺を創立したと伝えられていますが、その位置は当時の蒲原宿字根古屋の地でなく現在伝えられる堂平、古くは道場山といわれた善福寺川北側の台地に小庵を設営した修験者の道場の地ではなかったかと推定されます。
後に、之源凛乎和尚は、泉龍寺を一世霊屋傳英和尚に譲り、江戸開府当初の徳川三代官の一人長谷川七左エ門長綱の勧請に応じ、天正十八年(1590)相模国三浦郡逗子の海宝院に赴くということになっております。
二世の霊屋傳英和尚は本山保壽寺三世として寛永八年(1631)7月29日に示寂しております。
また、同じく逗子の海宝院も二世霊屋傳英和尚を伝承しておりますので、現在の地を求めて寺院経営に入ったのは寛永八年以前と推定されます。
推うに、天正の頃の駿河の国守徳川家康につながった之源凛乎和尚の伝説的な活躍ぶり、この地においては蒲原城落城時の最後の城主北条新三郎の亡魂悲話からの泉龍寺開設につながったものと思われます。
寛永八年の頃の蒲原宿は、慶長六年(1601)徳川氏による駅伝制度もようやく整備され、そのころすでに創立されていた佛護山東漸寺も東海道の往還(街道)に面した宿内の字いかりまにあったのを、現在地の字八幡町に移し、徳川三代将軍家光の上洛に備えるため、蒲原御殿(一名お茶やという)の拡張をいたしておりますので、この頃から現在の本町から根古屋にかけての台地周辺に寺院建立の動きがあったものとうかがわれます。

本堂・境内の様子

概要

山寺号道場山 泉龍寺
所在位置〒421-3211 静岡県静岡市清水区蒲原新田2-17-2
宗派曹洞宗
寺格法地
本尊聖観世音菩薩
草創天正年間
TEL / FAX054-385-2426 / 054-389-0074